『空気人形』は傑作なのか?(ネタバレ)

以下、盛大にネタバレなので要注意。

途中まで「うわ〜。こりゃダメだ」と思って観てた。

「空気人形(ダッチワイフ)が、突然に心を持ってしまった」という物語を考えたとき、どう考えても一番の核となるのは、
●持ち主が「いままでと違う」空気人形に対面したときの困惑
●空気人形が「初めて知る」人間社会と相対したときに生じる軋轢

になりそうなことは容易に想像できる。

異世界からやってきたピュアな来訪者の目を通じて、
人間界における滑稽さや悲喜劇を描く物語」そういうのをさんざん僕らは観てきた。

だから、いくら是枝監督というブランドがあっても
「こういうタイプの映画」における最低限の礼儀や目配せはやってもらえないと、物語に非常に乗りにくい。

具体的には、空気人形が「単純に心を持ってしまった」のか「人間になってしまったのか」の描き分けラインが、どうにもハッキリしないこと。

見た目がダッチワイフからペ・ドゥナに変化したあとは、ずっと物語はペ・ドゥナで進行する。
人間界がそれをすんなり「人間として」受け入れているのに、
肝心の持ち主だけが、その変化に気付かず、相変わらず「空気人形」として寵愛し続ける。これは凄く違和感を感じる。

だから、物語の最大の決定的な分岐点であるはずの、持ち主と亀裂が入るシーンにもどうにも身が入らない。

一方、空気人形は「生まれたての」赤ちゃんみたいな存在なはずなのに、その成長過程や人間社会との軋轢もたいして描かれない。
(そのほかにも問題や突っ込みどころ満載だけど、細かくは書かない。もはや「ファンタジーなんで」と逃げ切れないほど、随所で破綻しまくっている)。


それでも、ペ・ドゥナの圧倒的なキュートさと素晴らしい演技がこの映画を完全に救っている。
惜しみのない脱ぎっぷりも凄い(確かに日本の若手でこの役をできる女優は皆無だろう)。

さらに、事前の映画のイメージからは、百万光年離れた、暗黒&狂気の展開を見せる怒濤の終盤(あきらかにかわいらしい映画だと思って観にきていたさわがしいカップルが、完全にドン引きしていた・笑)は最高!
 
これには心底驚かされた。藤子Aの“黒い”サイドの短編を読んだようなイヤな後味(これはいい意味で)が炸裂する。

映像だって文句のつけようがない。とくにARATAが空気を吹き込むシーンの神々しいまでの美しさ、凄まじいエロティックさは群を抜いている。


結果的に「観てよかった!」と思いました。


ただ、評論家筋の高評価とかがあって、批判しにくいような、この映画を取り巻く状況がどうにも気持ち悪い。

とくに『しんぼる』を「見る価値なし!」と一刀両断していたような映画ブログをやっている人に限って、手放しで絶賛していたりするともの凄くイライラする。

これだって、もっと「映画に愛がなさそうな」キャストや映画監督がやっていたら、ボロクソに叩かれている映画だろう。
そういう意味では、一種のリトマス試験紙みたいな映画でもあるかもしれない。